私たちにとってなじみの深い池袋。ここに昭和のはじめから敗戦まで、若き芸術家が数多く住んでいたことは、あまり知られていません。いつしかそのアトリエのあった村一帯は、「池袋モンパルナス」と呼ばれるようになりました。貧しくとも心豊かに生きた、彼らのいきいきとした時代を懐かしむかのように、近年本が出版されました。また、劇が上演され、美術展も開かれています。今回は、日本の中のパリ、「池袋モンパルナス」を訪ねてみましょう。
 
池袋モンパルナスとは
 西武池袋線の椎名町から地下鉄有楽町線の要町にかけて、むかしはススキやアシが生い茂る低湿地で麦畑が広がっていたあたりにアトリエ村は点在していました。昭和ひとけた頃から貸しアトリエが立ち始め、若い画家、彫刻家、小説家などが集まり住んで「桜が丘」「つつじが丘」「すずめが丘」「みどりが丘」「ひかりが丘」、また「パルテノン」といった名称のアトリエ村が形成されていきます。
住人は、画家の熊谷守一、松本竣介、丸木位里、丸木俊、野見山暁治など延べ千人とも。貧しくても自由に創作に励み、池袋周辺のミルクホールや歌声喫茶ではパリさながらの議論をたたかわす毎日でした。しかし戦禍が強まると応召、疎開、空襲などにより芸術家たちは次第に街を去りました。アトリエ村の暮らしぶりは西池袋の豊島区立郷土資料館で概要を知ることができます。
 池袋モンパルナスの名付け親は詩人小熊秀雄だといわれています。彼の詩の一節に「池袋モンパルナスに夜が来た」とあることからのようです。当時からパリ・モンパルナスは芸術家たちの憧れでした。

エピソード
 洋画家佐伯祐三も渡仏前にアトリエ村を訪ねています。「池袋の田んぼの中にあった里見勝蔵の家で前田寛治らと陽気に騒いだ」のだとか。彼がセザンヌへの糸口をつかんだのもここ。アトリエ村からほど近い中落合に佐伯のアトリエが現存します。

パリのモンパルナスとは
 セーヌの左岸、サルトル・ピカソ・コクトーはじめ数多くの文学者や芸術家がカフェに集まっては議論を交わし文化を育んできた街。全盛期は第一次世界大戦から1930年ごろまで。イタリアからモジリアニ、スペインからピカソ、リトアニアからスーチン、ロシアからシャガール、日本からフジタ(藤田嗣治)らがパリを目指し、安アパート、安アトリエ、安モデル、安カフェ、安酒を共有としながら、それぞれが個性的な画風を確立していきました。  
 第二次世界大戦を境に芸術の街としてのモンパルナスはモダンな街へと変貌していきますが、ひとたび裏通りに入れば今でも画材屋、アトリエ長屋、それに崩れそうな石壁など古きよき時代を偲ばせるたたずまいが。そして芸術家たちがたむろしたドーム、ロトンド、クーポール、セレクトのカフェも健在。だから今も画家たちの憧れの街…。       
池袋VSパリ
  モンパルナス 街の相似

サンシャイン60とモンパルナスタワー
 どちらも1970年代に建設されたのっぽビルで街のシンボル。サンシャインのほうが地上240mと約30m高いものの、どちらも60階で展望室からの眺めは抜群。

雑司が谷墓地とモンパルナス墓地
 雑司が谷墓地には夏目漱石、小泉八雲、泉鏡花、竹久夢ニほか、一方モンパルナスにはサルトル、ボーヴォワール、ボードレール、モーパッサンなどの著名人が眠る。迷子になりそうなほど広大な敷地であることも共通項。

切手博物館と郵便博物館
 池袋の隣JR目白駅そばには切手博物館、モンパルナス駅近くには郵便博物館がある。

 ←つつじが丘アトリエ村で

池袋モンパルナスゆかりの地を歩く(ガイド) 
 アトリエ村の名残を求めて椎名町から要町へのエリアを歩いてみました。画家たちがかよった銭湯「不動湯」は内部が当時のまま。今も薪で焚いています。画家が住んでいたのかなと思わせるようなアトリエ風の古い木造の家や、彼らが通リ抜けたに違いない狭い路地があちこちにあったりしてあの時代を
想像するだけでもなかなかおもしろいものです。つつじが丘では庭の猫(写真)が通りを見ていました。ティータイムには熊谷守一美術館の喫茶室へ。次女の榧さん手作りのステキな陶器でコーヒーやケーキが味わえます。すずめが丘の住宅街で見つけた「こんがりパンや」(03‐3957‐4270)は手作りパンを玄関先で売るかわいい店。小ぶりだけど自家製酵母を使った自然の味わいが人気。ここの庭をかつて画家に貸していたとか、はす
向かいには画家が住んでいるとかさすがアトリエ村!
 また少し先のえびす通りには「アトリエ村・最中」(1個120円)を売る和菓子屋さんがありました。ここ鳳月堂(03‐3955‐0525)の3代目荻野栄一さんは自らもミニコミ誌を出している地元に通じた人。現在、アトリエ村画家のご遺族たちと交流あるとのことでした。
椎名町から要町駅までぶらり歩いて2〜3時間。帰りは西池袋まで歩き、モンパルナス関連の常設展を目指して豊島区立郷土資料館(03‐3980‐2351)へ。アトリエ村が、模型(右頁写真)やパネルで立体的に再現され当時の様子を知ることができました。(資料館は6月11日まで臨時休館)

演劇「池袋モンパルナス」
 上板橋を拠点とする劇団銅鑼による群像劇「池袋モンパルナス」は、昨年九月に池袋の芸術劇場で公演され話題になりました。

池袋モンパルナスの文化が、わが街に…クサカベ油絵具
 油絵具の「クサカベ」といえば油絵画家なら誰もが知っているブランド。ちょうどアトリエ村が立ち始めたころ、昭和3年神田に創業、板橋時代を経て昭和46年に朝霞
膝折の現在地に移転しました。練馬区立美術館の池袋モンパルナス展図録には「クサカベ」の文字が見られます。同書の野見山暁治氏のエッセイに出てくる「絵具の貸し借りお断り」の絵具はもしかしてクサカベブランドだったのかな。アトリエ村で使われていた絵具が今日まで私たちの近くで脈々と製造され続けていたとはカンゲキですね!

朝霞にもモンパルナス?
 荒川近くの広大な敷地に作られた貸アトリエ「丸沼芸術の森」。現在14人の彫刻家、陶芸家、画家、金工たちがまるで昔のモンパルナスのように制作活動をしています。敷地内の展示室では毎年暮れに彼らの作品展を開催。作品展については本紙12月号で。

詩集に見えたモンパルナス
 小熊秀雄の詩と童話「自画像」を収めたステキな詩集。この詩集のタイトルにもなっている「妖精の詩」を書いたのは大泉が生んだ夭逝詩人今井とおるさんです。ザイロ刊

お知らせ
池袋モンパルナスゆかりの美術館
<板橋区立美術館>(板橋区赤塚5‐34‐27 (03‐3979‐3251)
都内初の区立美術館。池袋モンパルナス関連では寺田政明ら区内に住んだ作家の作品などを収蔵。狩野派を中心に江戸時代の作品も。
<練馬区立美術館>(練馬区貫井1‐36‐16 (03‐3577‐1821)
靉光、萬鉄五郎、大沢昌助らモンパルナスで活動した作家を含む近・現代美術を収蔵。6月11日まで「池袋モンパルナス展」開催中。
<熊谷守一美術館>(豊島区千早2‐27‐6 (03‐3957‐3779)
氏が40余年住んだ私邸跡。美術学校時代からモンパルナス時代、そして97歳でなくなるまでの作品(油絵・水墨画・書等)を展示。
<丸木美術館>(東松山市下唐子(0493‐22‐3266)
モンパルナスにも住んだ日本画家丸木位里(広島出身)、洋画家俊夫妻の「原爆の図」「南京大虐殺の図」はじめ平和を訴える作品を展示。

コンサート鑑賞の手引き
 天満敦子Vリサイタル「望郷のバラード」とは…
昨年の朝日新聞連載小説、高樹のぶ子作「百年の預言」(単行本上下)はルーマニア革命がテーマ。ポルンベスク作曲の「バラーダ」に秘められた謎を追うヴァイオリニストのヒロイン走馬充子は、6月29日に和光サンアゼリアでリサイタルを行う天満敦子がモデルだといわれる。「低く,重く,静かに耐えていた音が,いっきに高音域に駆け上がり,思いのたけと,切なさと,やるせないまでの希いを訴える…」(本文より)。これは彼女が初めて「バラーダ」と出合う場面。この「バラーダ」こそが「望郷のバラード」。あなたは読んでから聴くか、聴いてから読むか。

ぶんか村推奨  <ティータイムのお菓子>
 「フランボワーズ」 ナカタヤさんのケーキでは人気のロングセラーだからいまさら紹介するまでもないかしら。でもおすすめはやっぱりこのケーキ。フランボワーズとは赤い木イチゴの実。上品な色と甘酸っぱい香りが、ベースの甘いチョコとしっとりとしたケーキにみごとにマッチ。上等のバタークリームもたっぷりです。絶妙な味のハーモニー…。たしかにおいしすぎる! 1個300円
〈ナカタヤ〉大泉学園町7-19-11
 営業時間:10時〜19時 年中無休 P有
 電  話:03-5947-3880 FAX 03-5947-3885
主な商品:ケーキ各種・トリュフ・マカロン・焼き菓子・冷菓

教室ガイドA  <ギターを弾こうよ>
 さんさんと日が差し込む南向きのレッスン場。壁にはセコビア・イエペスの写真、そしておしゃれな油絵…その絵を自身が描いたという馬場冨ニ子さんは、ギターを初めて鳴らした瞬間「ギターの先生になる運命を感じた」という人。五感に心地よいギターの音色は、隣近所からも苦情は来ないので練習するにも安心とか。「才能は1%、99%は努力次第で上達します」。レッスンにはマンツーマンがいちばんと、幼児から年配者までを懇切丁寧に指導。姿勢正しての練習により五十肩知らず。年1、2回の発表会と、他教室との合同合宿もあります。月3回9000円(入会金・テキスト代別) 
大泉学園町6-28-28 (サミットストアより1分) 03-3921-9598