新木藍水(書家・藍学舎主宰)
大泉学園町在住。
本名:井川桂子 77年書を始め85年からフリー。
師は大渓洗耳・劉洪友・新木麦村。個展5回。「楽しく書を学ぶ会」講師。「楽しい書」発行人
このごろ一本の線に興味を持っています。私の今まで発表してきた作品の漢詩や近・現代文などはほとんど右肩上がりの線です。長い間、右上がりの字を学んできた私にとって、七年前からはじめた篆書や隷書などは一本の横の線(横画)が大体水平で、とても新鮮に感じられました。篆書の文字は正面を向いていわば奴凧のようなものだし、隷書は横画の最後をひげをひねり上げたように大きく払い右あしをふんばったりしている字です。唐以前の楷書にも横画が水平の楽しい字がみられます。これらを学んでいることから線に興味がわいてきたのだと思います。
私達の初めての子に夫は「一」と命名しました。それは尊敬する白井晟一という書の好きな建築家が毎朝「一」と「○」を書いていたということと、世界中で最もシンプルな字だから書家の私に「献呈」するというものでした。
この夏作品の依頼があり、それは「不易流行」を扁額に揮毫するという仕事でした。言葉の意味から今回は書きなれている行書で、しかし横画を思い切って水平よりやや右下がりで書くことにしました。篆書や隷書の作品ならば自然でも行書を右下がりで書き始め、最後までそれで通すというのは大きな冒険です。八月の終り、名古屋に掲げられた作品と再会した時、モダンな印象を受けました。
たかが一本の、されど一本の線の新しい角度を知るのに二十年以上かかりました。 この夏の冒険は新幹線の車窓から見た海のまるい水平線のむこうに向かう序章のような気がします。